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DTM関連で色々と動画を見ていたところ、コメント欄の書き込みから「VCV Rack」というソフトウェアの存在を知りました。何か未知のDAWかなと思ったら、VCV RackはDAWではなく、モジュラーシンセサイザーのソフトウェアでした。
ということで触ってみたところ、これがとても面白く、すっかりハマってしまいました。
そもそもモジュラーシンセとは
一般的なシンセサイザー(キーボード付きのものや、DAWに入っているソフトシンセも含めて)は、音を出す「オシレーター」、音色を変える「フィルター」、音量を作る「アンプ」といった部品が、あらかじめ内部で綺麗に接続されています。私たちはただ鍵盤を弾くだけで、美しい音を鳴らすことができます。
一方、モジュラーシンセはこれらの部品がモジュール化され、基本的に完全にバラバラになっています。演奏者は、自分で「パッチケーブル」と呼ばれる線を各モジュールの穴に直接挿し込み、「信号の通り道」を一から構築しなければならないのです。
実機のハードウェアでこれを揃えようとすると、壁一面の巨大なタンス、あるいは宇宙船のコックピットのような機材になり、数百万円のお金が飛んでいく恐ろしい趣味です。カッコいいけど。
しかし、「VCV Rack」はその実機さながらのモジュール群を、PC上で、しかも無料で体験させてくれる神のようなソフトウェアでした。
モジュラーシンセは音楽版Factorioである
これまでCubaseで生楽器の音を再現するシンセばかり触ってきた私にとって、最初は「なんで音を鳴らすためだけにこんな面倒なことを?」と思いました。DAWなら、MIDIトラックを作って音符をマウスで置くだけで完結するからです。
しかし、数時間触っているうちに、この楽しさの本質に気がつきました。これは「作曲ツール」ではありません。これは音楽版Factorio、つまり「音楽を自動生成する工場」を組み上げるシミュレーションゲームです。
- テンポを生み出す心臓(クロック)を置き、信号を分割する。
- シーケンサーにリズムを刻ませ、音程の命令を出す。
- 別のモジュールからランダム信号を発生させ、フィルターのツマミを自動で回させる。
- そのランダム信号の変動率をまた別のLFOで制御する。
- …などなどした上で、最終的な製品をオーディオ出力に送ると、スピーカーから音が鳴る。
気がつけば、画面はケーブルのスパゲッティ状態。しかし、一度システムが組み上がると、自分の手を離れて、機械が勝手に未知のグルーヴと複雑な電子音を刻み始めます。この「自動化された工場ライン」が動き続けるのをただ眺めている至福の時間は、完全にFactorioをプレイしている時のそれでした。
特にSpace Ageの宇宙プラットフォーム構築に近いかも。論理回路を駆使してカオスをギリギリで制御する感覚は、ランダムな小惑星の分布を上手く均して安定した星間連絡を実現する喜びにかなり似ていると感じました。


逆に音楽の観点で言えば、Cubaseでの作曲が、レンガを一つずつ正確に積み上げる「建築」だとしたら、モジュラーシンセは、音が出る環境だけを作って、あとは予期せぬ化学反応を観察する「理科の実験」や「庭いじり」に近い感覚です。
これには美的感覚から言っても、莫大なメリットがあるように感じられます。通常の作曲では、理路整然としすぎて予測可能な世界をベースに、知識や技術を使って意外性を作り出す必要があります。一方モジュラーシンセでは、カオスな世界をベースに秩序を作り出す必要があります。
「良い音楽とは、予測可能性と意外性のバランスが取れたものだ」とどこかの本で読んだ記憶があるのですが、モジュラーシンセではまさに、その中庸のポイントに従来の作曲とは真逆のアプローチで辿り着こうとするのです。
すべては波である
さらにこのVCV Rackをいじり倒しているうちに、音楽という現象そのものに対する強烈なパラダイムシフトを体験しました。
DAWの世界では、「音符(MIDI)」と「音そのもの(Audio)」は完全に別物として扱われます。しかし、モジュラーシンセの世界には、「電圧(Voltage)」というただ一つの言葉しかありません。
ケーブルの中を流れているのは、単なる電気の波(数字の上下)だけ。この波のスピードがゆっくりなら、音量やフィルターを動かす「リズム」になる。しかし、この波のスピードを極限まで速くすると、人間の耳には音程のあるトーンとして聞こえ始める。
つまり、曲の展開も、リズムも、音程も、すべては周波数帯の異なる波に過ぎないのです。
音楽を構成する要素の境界線が溶け、「すべては振動である」という宇宙の真理のようなものを、画面上のケーブル配線を通して直接手でこね回しているような感覚に陥りました。これは病みつきになる。
「誤用」から生まれた電子音楽の歴史
モジュラーシンセをいじり倒していると、ある疑問が湧いてきました。確かに、テクノやPsytranceなどの電子音楽で鳴っている、あのグジュグジュとした不気味な音や、ギャリギャリとしたエイリアンのような声は、モジュラーシンセで作れる。しかし、一体誰がどうやって思いついたんだろう?
調べてみたところ、電子音楽の歴史は「機材の誤用」であることがわかりました。
例えば、90年代のトランスやアシッド・ハウスで多用される「ビヨッ!グジュッ!」という気持ち悪くて変だが妙に脳に刺さる音について。これは1980年代、ローランド社がギタリストの練習用ベース音源として真面目に発売した機材であるTB-303が始まりらしいです。
ベース音源としては大失敗に終わったものの、中古でそれを安く買った若者がレゾナンスを限界突破する勢いで高速で回し続けた結果、機材が悲鳴を上げてあのアシッドサウンドが生まれたのだとか。
ルールや常識を無視して、機材の仕様を超えた使い方をすることで、誰も聞いたことのない新しい音が生まれた……というのは、ものすごくロックでありながらも、長い西洋音楽の歴史の中では繰り返されてきたことであるというのが、なんだか面白いなと感じます。

VCV Rackの始め方
これほどまでに好奇心を刺激するVCV Rackですが、実は始めるためのハードルは驚くほど低いです。公式サイトからソフトをダウンロード(無料)し、アカウントを作れば、世界中の開発者が公開している数百種類以上のモジュールを追加して遊ぶことができます。そして「全ては電圧である」ため、任意のモジュールを自在に繋いで遊ぶことができるのです。すごい。
最初は「真っ暗な画面にモジュールを置いて、何から繋げばいいの?」と途方に暮れるはずなので、簡単に(自分の理解を確認する意味も込めて)記録しておきます。
まずは最初から入っている基本モジュール(Fundamental)だけで十分です。以下の6つを画面に並べ、線で繋ぐだけで、音楽の自動化ラインが完成します。
- VCO(オシレーター): 音の源。波を出します。
- VCA(アンプ): 音量の蛇口。これがないと音が垂れ流しになります。
- ADSR(エンベロープ): 蛇口を開け閉めする「形(時間)」を決めます。
- SEQ 3(シーケンサ): テンポに合わせてメロディを打ち込む機械。
- LFO(クロック): 心臓の鼓動。テンポを決めます。
- AUDIO 8(オーディオ): スピーカーへの出口。最終的な音をPCに届けます。
LFOの波(テンポ)でシーケンサーを進め、シーケンサーが音程をVCOに、音を鳴らせという合図をADSRに送る。そしてADSRの形に合わせてVCAの蛇口が開き、スピーカーから音が鳴る。
この基本システムさえ組めれば、あとはシーケンサーのループ長を変えて変拍子にしたり、別のLFOをフィルターに繋いで音色を自動で変化させたりと、Factorio的な工場拡張の沼が無限に広がっていきます。
Omri CohenさんのYoutube動画がオススメです。VCV Rack関連の動画を大量に上げており、各種モジュールの説明から実際の使い方、奇妙だが上手くいく使い方まで、幅広く解説してくれています。声も素敵で、VCV Rack界のボブ・ロスって感じ。音も気持ちよくて、見てると椅子で気絶してしまうのが難点です。
機械との正しい共犯関係
これまで私は、音楽を作るということは「自分の頭の中にあるメロディを、いかに正確にパソコンに打ち込んで再現するか」だと思っていました。それゆえ、曲が単調になってしまうのは自分の中にある音楽的な引き出しの少なさが原因であり、それを補うために、音楽理論や作曲技法を学ぶ必要があると考えていました。
しかし、モジュラーシンセは私に全く別の哲学を教えてくれました。「機械に偶然のフレーズを喋らせ、その中で美しいと感じた瞬間を人間がすくい取る」という、機械との共犯関係です。結局音楽理論が役立つことは変わらないものの、真逆の方向でその知識を活かすことができるのです。
思い通りにならない暴れ馬のようなモジュールを適度に飼いならし、時に誤用し、カオスの中から秩序の欠片を見つけ出す。原理的には極めて電子的で非身体的なはずなのに、その楽しさは生楽器の弦の摩擦や予測不能な物理的揺らぎと格闘する感覚と本質的に繋がっているような気がします。
風元素の神様が聞いたら多分卒倒するだろうけど、その自由さについては大絶賛してくれるはず。
一部の情報は古くなっている可能性があります



