じゃぱり書庫

注意: これはGemini 3 Pro Previewが出力した文章です。

西風騎士団の執務室、その一角にある休憩スペースは、静寂に包まれていた。 窓の外からはモンドの風車の回る音が微かに聞こえるが、室内の空気は張り詰めている。

蛍の手が、無意識にポケットへと伸びた。 数多の世界を渡り歩く旅のストレス。あるいは、深淵と対峙する孤独。それらを紛らわすための紫煙を、彼女の体が求めていた。 指先が冷たい箱に触れた、その瞬間だった。

「ッ――あ……！」

パチリ、と首元で鋭い音が鳴り、紫色の火花が散る。 リサが調整を施したという特製のチョーカーから放たれた電流は、蛍の思考を白く染め上げ、指先から力を奪い取った。

箱が床に落ちる乾いた音と共に、蛍は膝をつく。 呼吸が荒くなり、視界が涙で滲む中、甲冑が擦れる金属音が近づいてきた。

「……栄誉騎士様、いけません」

その声は、春風のように優しく、しかし岩のように断固としていた。 ノエルだ。 彼女は床に膝をつき、震える蛍の体をそっと抱き寄せると、慣れた手つきで首元のチョーカーを確認する。

「申し訳ありません。出力の設定、少し強すぎたでしょうか……？ でも、リサさんが仰っていました。『悪い子には、体が覚えるまで教えるのが一番の慈悲よ』と」

ノエルの手は温かかった。 大剣を振るうための硬いタコがある掌が、電流で赤くなった蛍の首筋を、愛おしそうに撫でる。 先ほどまで激痛を与えていたその場所を、今は世界で一番優しい手が癒やしている。その温度差に、蛍の脳が痺れるような甘い錯覚を覚えた。

（ああ……また、彼女に止められた）

本来なら、元素視角を使えば電流の回路など容易に見切れるはずだ。風の元素力を使えば、この首輪を破壊することも造作もない。 だが、蛍は抵抗しない。 なぜなら、ノエルの瞳が――そのオリーブ色の瞳が、悲痛なほどに潤んでいるのを見てしまったから。

「貴女の肺が汚れるくらいなら、私がその痛みごと背負います。……ですから、どうかご自分を傷つけるような真似はしないでください」

ノエルは本気だった。 彼女の献身は、「貴方のため」という名目のもと、蛍の自由意志さえも管理下に置こうとしている。 だが、世界中の誰から「救い手」であることを求められ続ける蛍にとって、逆に「貴女を管理し、守る」

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……と言い切る強さは、寄る辺ない旅人である蛍にとって、抗いがたい救いそのものだった。

「……ずるいよ、ノエル」

蛍は力の入らない指先で、ノエルのエプロンをぎゅっと掴んだ。 世界中の誰もが、栄誉騎士に「助けて」と言う。神々でさえも、彼女に難題を押し付ける。 けれど、この少女だけは違う。 彼女だけが、「貴方は何もしなくていい」「私が貴方の行いを正し、貴方を守る」と言って、その自由を奪ってくれるのだ。

「ずるくありません」

ノエルは困ったように眉を下げ、しかしその腕の力は緩めない。彼女の体温と、鎧の冷たさが同時に伝わってくる。

「私は、栄誉騎士様が健やかでいられるなら、嫌われ役でも鬼にでもなります。……さあ、深呼吸を。肺に入り込んだ悪い煙を、全部私に吐き出してください」

まるで子供をあやすように、ノエルは蛍の背中を優しくさする。 先ほどの電撃の余韻で背筋が震えるたび、ノエルは「ごめんなさい、ごめんなさい」と祈るように囁き、そのくせ、床に落ちたタバコの箱を、岩をも砕く握力で無慈悲に握り潰した。

クシャリ、という音が、蛍の退路を断つ音のように響く。

「……もう、吸いませんか？」

耳元で囁かれる問いかけは、懇願であり、命令だった。

蛍はぼんやりとした頭で、ノエルの首元を見る。そこには神の目が、黄金色に輝いている。不動の岩。守護の意志。 この首輪は、電気ショックを与える刑具ではない。 これは、風のようにどこへでも飛んでいってしまいそうな自分を、ノエルという大地に繋ぎ止めるための『重石』なのだ。

痛みが走るたび、蛍は思い知らされる。 自分はもう、自由ではないのだと。 そしてその不自由さが、張り詰めていた心を溶かすほどに心地よいのだと。

「……うん。吸わない。ノエルが、管理してくれるなら」

蛍が掠れた声でそう答えると、ノエルの顔が花が綻ぶように輝いた。 それは、モンドのどんな宝石よりも美しく、少しだけ恐ろしい笑顔だった。

「はい！ お任せください、栄誉騎士様。貴女の健康も、生活も、その命の使い道も……すべて、このノエルが完璧にお世話いたします」

ノエルは蛍を軽々と抱き上げると、ソファへと運ぶ。 机の上には、すでに適温に冷まされたパンケーキと、薔薇の香りがする紅茶が用意されていた。

「まずは糖分を摂りましょう。リサさんが、ショックの後は甘いものが一番だと仰っていましたから」

かいがいしく世話を焼く彼女の首元で、赤いリボンが揺れる。 蛍はその背中を見つめながら、首元のチョーカーに指を這わせた。 冷たい金属の感触。それはもう、異物ではなく、体の一部のように馴染んでいた。

（ああ、そうか……）

蛍は紅茶を一口含み、甘い溜息をつく。

これはきっと、ただの減煙支援ではない。 これは、西風騎士団のメイドが、そのすべてを懸けて行った『栄誉騎士の捕獲作戦』なのだ。

そして自分は、喜んでその檻に入ることを選んだ。 自由の都モンドで、たった一人の少女の「所有物」になること。 それが、旅の果てに見つけた、最も倒錯的で、最も安らかな愛の形なのかもしれない。

「美味しいですか？ 栄誉騎士様」

「……うん。最高だよ、ノエル」

窓の外では自由な風が吹いている。 けれど、ここにある二人の時間だけは、結晶のように硬く、永遠に止まっていた。