これまで何度か、ボグラーの言うところの<内的な問題>と<外的な問題>について取り上げてきた。
それは今のところ、<内的な問題>と<外的な問題>の設定は面白い物語を作る上で最重要な要素に見えるからである。 まちカドまぞくが含む諸々のストーリーアークの中でも、自分が特に好きなエピソードはこの概念を用いると、綺麗に分析ができることが多かった。
だが、ここにきて<内的な問題>と<外的な問題>の区別がわからなくなってきた。そこで、改めて本を読んでまとめてみようと思う。
ボグラーの言及
TL;DR
- 定義
- <外的な問題>とは、以下の要件を満たす問題である。
- 主に行動やプロットに関係する問い
- 主人公が欲している(つまり自覚している)物事
- <内的な問題>とは、以下の要件を満たす問題である。
- 主人公の感情やパーソナリティに関連した問い
- 主人公が必要としている(つまり自覚していなかった)物事
- 定理
- 優れた物語には、<外的な問題>はもちろん<内的な問題>も必要である。
- <内的な問題>が解決する限り、<外的な問題>は必ずしも成功裏に解決する必要はない。
「主人公は<外的な問題>を解決しようと欲している。しかし彼が本当に必要としていたのは<内的な問題>の解決だった。」
「内的・外的な問題」節
まずは、ボグラーが<内的な問題>と<外的な問題>についてどう語っているかをまとめてみよう。
この概念に対するボグラーの明確な言及は、<日常世界>のセクション、「内的・外的な問題」という節ではじめて登場する。
どんな主人公にも、取り組むべき内面と外面の双方の問題が必要である。
(略)
だが、登場人物が解決しなければならない、やむにやまれぬ内面的な問題のほうを与え忘れてしまう書き手も少なくない。
内的な試練がない登場人物は、どんなに英雄的なおこないをしても、平板で単調に見えてしまう。 登場人物には、内的な問題、性格上の欠点、解決しなければならない道徳的ジレンマなどが必要だ。 彼らは物語の途上で何かを学ばなければならない。他者とどう折り合っていくか、どうやって自分を信じるか、外面的には見えないものをどうやって見抜くか。 観客は、登場人物が学び、成長し、人生における内面と外面の両方の試練に対処していくところをみたがるものだ。
P143
「物語の問い」節
この節の直前には「物語の問い」という節が設けられている。
<日常世界>のもうひとつの[背景を伝える、とかがひとつ目]重要な役目は、物語の問いを示すことだ。優れた物語は、主人公に関する一連の問いを提示するものである。
(略、後述A)
主に行動やプロットに関係する問いもある。
(略、後述B)
また、主人公の感情やパーソナリティに関連した問いもある。
(略、後述C)
行動への問いはプロットを進めるが、物語の問いは観客を引き入れ、登場人物の感情に巻き込んでいく。
P142
ここで略した部分には、具体的な例が示されている。
- 後述 A の例
- 主人公は目標を達成できるだろうか?
- 欠点を克服できるだろうか?
- 学ぶべき教訓を学べるだろうか?
- 後述 B の例
- ドロシーはオズの国から家に戻れるだろうか?
- E.T.は自分の惑星に帰れるだろうか?
- 主人公は黄金を手に入れられるのか?
- 試合に勝てるのか?
- 悪役を倒せるのか?
- 後述 C の例
- 『ゴースト/ニューヨークの幻』でパトリック・スウェイジが演じる男は、愛を表現することを学ぶのか?
- 『プリティ・ウーマン』の頭の固いビジネスマンのエドワードは、娼婦のビビアンにリラックスして人生を楽しむ方法を学ぶのか?
この並びから考えると、
- 後述 B で挙げた例、すなわち「主に行動やプロットに関係する問い」が<外的な問題>
- 後述 C で挙げた例、すなわち「主人公の感情やパーソナリティに関連した問い」が<内的な問題>
と理解して良いはずだ。
「欲しいもの vs 必要とするもの」
「物語は生きている」セクションの「欲しいもの vs 必要とするもの」節には、<内的な問題>や<外的な問題>とは直接書かれていないが関連しそうな主張が記されている。
願いという引き金を通じ、物語は主人公の意識が一段高まるように出来事を配置することを好む。主人公は、最初はどうしても「欲しい」ものを願うことが多いが、物語は主人公がその先に目を向け、本当に「必要」なものに気付くように仕向ける。
(略)
最初に願いがかなう過程で、物語は、ぞっとするほど危険な出来事を提供し、主人公に自分の性質の欠点を修正するよう迫る。
(略)
物語は主人公に必要な道徳的教訓を伝え、主人公の人格や、世界を理解する力の不足分を埋めようとしているのである。
P463
ここで言う、
- 「欲しい」= <外的な問題>
- 「必要」= <内的な問題>
と理解して良さそうだ。
ボグラーはここで、物語の構造を
「誰々は何々を欲し、それを得るために何々をする。しかしそこには予想外の結果があり、誰々は生き延びるために順応や反応を強いられる」
という一文にまとめている。
ボグラーの主張まとめ
ボグラーの主張をまとめると、こんな感じになるだろう。
- 定義
- <外的な問題>とは、以下の要件を満たす問題である。
- 主に行動やプロットに関係する問い
- 主人公が欲している(つまり自覚している)物事
- <内的な問題>とは、以下の要件を満たす問題である。
- 主人公の感情やパーソナリティに関連した問い
- 主人公が必要としている(つまり自覚していなかった)物事
- <外的な問題>とは、以下の要件を満たす問題である。
- 定理
- 優れた物語には、<外的な問題>はもちろん<内的な問題>も必要である。
- <内的な問題>が解決する限り、<外的な問題>は必ずしも成功裏に解決する必要はない。
これは納得できる話だ。
事例: 『タイタニック』
例えば、『タイタニック』の感想文を書くときに、「これはローズとジャックが沈没船からの生存を目指す話です」と説明したら、いや間違ってはいないんだけどちょっと違うやろとなってしまうだろう。
この要約の問題は、2 人の抱える<外的な問題>にしか言及していないことだ。
「ローズは沈没事故からの生存を欲している。しかし彼女が本当に必要としていたのは、ジャックと出会い、彼の犠牲によって命を救われることだった。これによって、彼女は囚われ人のような日常世界から脱出し、彼から学んだことを長く幸福な人生で実践した」
「ジャックは沈没事故からの生存を欲している。しかし彼が本当に必要としていたのは、ローズに板切れをゆずり、彼女を救うことだった。これによって、ローズの無二の愛を勝ち取り、彼女の心の中で永久に生きる存在になった」
という要約のほうが、完璧な表現ではないかもしれないが、『タイタニック』の素晴らしさを伝えるにあたっては適切な表現だ(ということに同意してもらえると嬉しい)。
検証
『けものフレンズ』1 期 3 話「こうざん」は、個人的にあらゆるアニメの中で三本の指に入るくらい好きなエピソードだ。 このエピソードを、<内的な問題>と<外的な問題>を中心に分析してみよう。
かばんの抱える問題
- <外的な問題>
- ジャパリバスの電池を充電したい
- <内的な問題>
- 自分には何ができるのかを知る(自信を持つ)
<内的な問題>で挙げた、「自分には何ができるのかを知る」というのは、かばんが自覚している目的である「自分が何の動物かを知る」こととは似て非なるものだということに注意してほしい。
<外的な問題>を解決するだけなら、かばんはそもそもカフェの集客を手伝う必要は全く無かった。
「かばんは自分が何の動物かを欲している。しかし、彼女が本当に必要としていたのは、自らの行動を通して、自分に何ができるのかを知ることだった」
と言うと、これはかなりけものフレンズの本質に迫った一文になるんじゃないだろうか。
トキの抱える問題
- <外的な問題>
- 仲間(同種)を探す
- 歌唱力の改善
- <内的な問題>
- 孤独の解消
トキの抱える問題を理解するには、ちょっと無理やりで詩的な解釈をする必要がある。
彼女の問題は、「トキのうた」に集約されている。
わたしはートキー♪
仲間を探してるー♪
どこにいるの仲間達♪
わたしの仲間ー♪
探しーてくださいー♪
あー、仲間…。♪
彼女がこの歌を歌ったとき、「仲間」とは何を指していたのだろうか? 少なくとも、「トキが野生絶滅種である」ことを知っている観客は「仲間=同種」と理解しただろう。
だが、彼女は必ずしも同種の仲間を必要とはしていなかった。
逆に考えてみよう。トキはカフェでショウジョウトキと出会っていなければ、引き続きこの歌を歌い続けただろうか?
トキは 12 話で、PPP とステージに立ちながら
仲ー間と歌うー♪ 仲ー間と踊るー♪
と歌っている。ここで言う「仲間」は、明らかに同種を想定したものではない。
「トキは同種の仲間を探している。しかし、彼女が本当に必要としていたのは友達だった。」
とまとめると、やはりいい感じに要約できた感がある。
アルパカ・スリの抱える問題
- <外的な問題>
- カフェの集客
- <内的な問題>
- 孤独の解消
<外的な問題>はほぼ自明である。
<内的な問題>はちょっと難しいが、これもトキと同じような議論をしてみよう。
彼女が「お客さんが来ない」と言ったとき、そこにはどんな感情が込められているだろうか。 この世界に貨幣経済は成立していない。彼女がここにカフェを作ったのは、
ここって、隣のちほーにいく時よく通るじゃない? この辺りで一休みできたら、とても素敵だなーって。
という理由からである。にも関わらずお客さんが来なかったらどう思うかといえば、やはりそれは「寂しい」という感情に集約されるだろう。
逆に考えてみよう。トキ以外にお客さんが来なかったとして、彼女は引き続きお客さんが来ないことを憂うだろうか?おそらくそんなことは無いだろう。
「アルパカはカフェに客が来ることを欲している。しかし、彼女が本当に必要としていたのは友達だった」
とまとめよう。
まとめと解決
- かばん
- <外的な問題>
- ジャパリバスの電池を充電したい
- <内的な問題>
- 自分には何ができるのかを知る(自信を持つ)
- <外的な問題>
- トキ
- <外的な問題>
- 仲間(同種)を探す
- 歌唱力の改善
- <内的な問題>
- 孤独の解消
- <外的な問題>
- アルパカ
- <外的な問題>
- カフェの集客
- <内的な問題>
- 孤独の解消
- <外的な問題>
こうざんにかばんが来たことで、<外的な問題>も<内的な問題>も、全員の全てが見事に解決される。
- トキはカフェに同行したことで喉の調子が良くなるお茶を飲み、歌唱力の問題を解決する。
- カフェの存在を示す地上絵を描くことで、アルパカはきっとお客さんが来ると確信する。
- アルパカの問題を解消したことで、かばんは自らに自信を持つ。
- トキがカフェの常連になることで、二人の孤独は解消される。
- 一連の作業をしていたら、電池の充電が完了した。
- かばんの地上絵は確かに宣伝効果を発揮し、ショウジョウトキがやってきた。
- (ロープウェーが使用可能になったことで、鳥類以外のフレンズもカフェに来れるようになっただろう。このことはこの後アラフェネが証明している。)
これが、3 話の気持ちよさの原因なのだと思う。
最後に
けものフレンズ 3 話には、ヒーローズ・ジャーニー等を用いて語れる要素が他にもあるように思える。
例えばジャパリカフェとこうざんは、かばんにこれから冒険する世界を俯瞰させる<水飲み場>としての機能を持っていた。
カフェは 1 話のカバの<水飲み場>の再演であるのかもしれない。 もしくは、12 話の大規模な「Tea for two」を BGM とするパーティーの予兆なのかもしれない。
ボグラーパワーで、またけものフレンズ考察にのめり込みたくなってきた。フォーエバージャパリパーク。フォーエバーかばんちゃん。
参考文献
ライターズジャーニー
作家の旅路 ライターズ・ジャーニー: 神話の法則で読み解く物語の構造
クリストファー ボグラー 著、府川由美恵 訳
フィルムアート社, 2022
kemono-friends-dialogs
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