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まちカドまぞく6巻67-71丁目(小倉しおん救出作戦)のヒーローズ・ジャーニーに基づく簡単な分析

ボグラーがタイタニックに対してやっていた<内的な問題>と<外的な問題>を中心に、小倉しおん救出作戦を取り上げてみる。

なぜこのエピソードを採用したのかといえば、まちカドまぞく内で発生する様々な事件の中でも、このエピソードは<内的な問題>と<外的な問題>が単純明快でわかりやすいからだ。

また、このエピソードは神秘的な雰囲気に満ちており、その理由を解き明かしたいというのもある。

この記事にはまちカドまぞく6巻までの深刻なネタバレを含みます。

ヒーローズ・ジャーニー概略

例によってボグラー版ヒーローズ・ジャーニーの概略を再掲しておこう。

ヒーローズ・ジャーニーの詳細はこちら。

<ヒーローズ・ジャーニー>モデル (P282より)

英雄(物語の主人公)(達)は、これらのステージに沿って冒険する。

各ステージの概要を以下の表に示す。

#ステージ概要
1日常世界主人公たちの日常を示す。賭けの対象を提示する。
2冒険への誘い原状の問題を示唆し、冒険の賭けをつり上げる。
3冒険の拒否冒険の危険性を読者に提示する。
4師との出会い冒険の準備をさせる。助言、魔法の道具の付与。
5最初の戸口の通過実際に冒険が始まる。日常世界の帰還限界点を超える。
6試練、仲間、敵特別な世界のルールを学ぶ。
7最も危険な場所への接近最深部の洞穴に入る準備や計画を行う。
8最大の苦難最大の恐怖に立ち向かう。英雄の死と再生。自我の超越。イニシエーション。
9報酬目的としていた霊薬、探し人、知識等の獲得。
10帰路日常世界へ帰ろうとする。奪取した報酬の持ち主に追われることも。
11復活死と再生の再演。帰還前に新たな存在に生まれ変わり身を清めなければならない。
12宝を持っての帰還報酬を日常世界に持ち帰り、共同体に役立てる。

第 1 幕 別離

67 丁目で小倉しおんが吉田家の結界に吸い込まれてしまうところから、このエピソードは始まる。

小倉しおん消失の現場に居合わせた吉田良子は、<冒険への誘い>をシャミ桃に与える。

桃は「お墓にはこのメガネを置こうね」と<冒険の拒否>をするが、シャミ子がテレパシー電話を時空の狭間にいる小倉しおんにつなげる。

このエピソードにおいて、<師>は 4 人登場する。

一人目は小倉しおんである。奇妙な感じもするが、小倉しおんは情報を与える<師>のアーキタイプをとる。現在の状況を手短に伝え、桃達に救助に必要な知識を与える。

二人目は陽夏木ミカンである。彼女は今後の冒険に必要な魔法の道具を与える<師>となり、シャミ子に魔力ビーコンを付与する。三人目の<師>であるウガルルも、道具を用意する<師>である。

最後の、そしてもっとも重要な<師>は吉田良子である。彼女は小倉しおんがおそらくまぞく(か、少なくとも光闇関係の人)であるという推測をシャミ子に伝える。また、「悪い人じゃないから助けてあげてほしい」とシャミ桃に伝える。彼女は、英雄達の背中を押すタイプの<師>である。

シャミ桃は和歌を使ったおまじないの力で、結界に畳み込まれた異空間への<最初の戸口の通過>を果たす。

たち別れ いなばの山の 峰に生ふる

まつとし聞かば 今帰り来む

中納言行平(16番) 『古今集』離別・365

なおこの和歌を使ったおまじないは現実に存在するものらしい。

たとえば、飼っていた猫が行方不明になった時、おばあさんなどが、この歌を短冊に書いて、猫の皿を伏せてその下に置いておくのを見たことがありませんか?

この歌は、別れを惜しむ歌ですが、一方でいなくなった人や動物が戻ってくるように願う、おまじないの歌でもあります。

小倉しおん救出だけに、小倉百人一首を使ったということなのだろうか。

<外的な問題>と<内的な問題>

この時点で、シャミ桃が抱える問題ははっきりした。

(なお、今回の考察ではシャミ桃を 1 人の英雄として扱う。彼女たちはほぼ同じ問題を抱えており、2 人の間での相互作用はあまり発生しないため。)

  • <外的な問題>
    • 小倉しおんの救出
  • <内的な問題>
    • 小倉しおんと仲良くなる(特に桃が)

<外的な問題>は小倉しおんの救出である。ただし、

ボグラーが

どんな主人公にも、取り組むべき内面と外面の双方の問題が必要である。

と言う通り、シャミ桃にはより精神的な、<内的な問題>も存在する。

小倉しおんと桃はゆるやかな協力関係にあるものの、2 人の間にはまだ壁がある。それを乗り越えなければならない。

また、シャミ子は個人事業まぞくのボスとして、2 人の間を上手く取り持たねばならない。

第 2 幕 A 試練への降下

結界の内部にたどり着いたシャミ桃は、早速眼鏡をかけた小倉しおんに遭遇する。

彼女は今回の冒険における<報酬>であり、この<特別な世界>における貴重な<仲間>である。彼女は引き続き、この空間のことを熟知した<師>としてシャミ桃に行動の指針を与える。

異空間を脱出するためには、間違い探しという<試練>を突破しなければならない。 シャミ桃は順調に<試練>をクリアしていく。

一方そのころ、魔力ビーコンを通じて異空間の様子を観察していた現実世界では、ある異常に気づいていた。シャミ桃と一緒にいる小倉しおんの様子がおかしい。ごせんぞは小倉しおん自体が「何らかの間違い」なのではないかと予想する。

小倉しおんはシャミ子の携帯電話を壊し、現実世界との連絡手段を奪う。 これまで<仲間>だと思われていた小倉しおんは<敵>かもしれない。

現実世界組と読者の間に不穏な空気が流れる中、よりによって桃が単身間違い探しに出かける。シャミ子は怪しい小倉しおんと二人きりという<最も危険な場所への接近>をする。

小倉しおんは千代田桃に好感を持っているようだ。シャミ子はこれを機に呼び方を変えてみないかと提案する。<内的な問題>が解決されたかに見えたが、悲しいことにそうはならない。

第 2 幕 B イニシエーション

これまで行動を共にしていたのは小倉しおんではなく、まぞく「グシオン」の末裔だったこと、最後の間違いはグシオンの部屋から見える「桃ちゃんが世界を救うのを失敗した風景」であることが明かされる。

シャミ子が最後の間違いを消すと同時に、グシオンは消滅する。直後、簀巻きにされた本物の小倉しおんを抱えて桃が帰ってくる。

この一連のシーケンスには、<最大の苦難>の特徴である「死」がそこかしこに現れている。

間接的でやむを得ないとはいえ、間違い探しの完了によりシャミ子はグシオンに死をもたらした(<英雄がもたらす死>)し、シャミ子はそれを目撃した(<死を目撃した英雄>)。

一方で、このエピソードの隠れた英雄であるグシオンは、小倉しおんの生存確率を高めるために自らを犠牲にしている(<自我の死>)とも言えるし、シャミ子の携帯電話に電子書籍として残ることで<死をあざむく英雄>になったとも言える。

加えて、6 巻後半で明かされる 10 年前の出来事を踏まえると、時系列的にはそもそもグシオンの登場自体が<復活>であったことがわかる。

第 3 幕 帰還

<報酬>として、シャミ桃は本物の小倉しおんと電子書籍版グシオンを得た。あとは現実世界への<帰路>につくだけだ。

しかし間違いが全て解消された結界空間は内圧を失い、超新星爆発と同様のメカニズムで爆発する。これによって、脱出までのタイムリミットが与えられ、シャミ桃はもう一度死の危機に瀕する。

こうして<復活>のステージが始まる。

彼女たちの<帰路>と<復活>は、<魔術による逃走>のテーマに満ち溢れている。

電子書籍版グシオンを持ち帰ろうとしたことで脱出の難易度が上がるのは、特別な世界が<霊薬>を奪い返しにきているかのようだ。

桃はクソダサマウンテンと散々揶揄されたセカンドハーヴェストフォームを発動し、<特別な世界>と<日常世界>を繋ぐ、魔力で紡がれた糸の上をローラースケートで滑走する。

この帰還方法は文字通りの<魔術による逃走>である。

またボグラーは、まるでこの展開を知っていたかのようにこう述べている。

帰還する主人公は、ひとつの世界からもうひとつの世界へ帰るとき、細い剣でできた橋のようなあやうい場所を通らされることもあるため、<復活>のステージで足を踏み外す可能性もある。

P305

シャミ子と桃は、小倉しおんと電子書籍版グシオンを無事に日常世界に持ち帰ることに成功する。

桃はクソダサフォームについて拗ねた態度を見せるが、小倉しおんだけがこのフォームの機能美を理解してくれた。これによって、桃と小倉しおんは和解し、「これからも皆で街を守っていこう」とあっさり共同戦線への参加を表明するのだった。

問題は解決したか?

シャミ桃が抱えていた問題は解決しただろうか?

  • <外的な問題>
    • 小倉しおんの救出
  • <内的な問題>
    • 小倉しおんと仲良くなる(特に桃が)

<外的な問題>も<内的な問題>も見事に解決した。しかも、シャミ子は追加で電子書籍版グシオンという霊薬も持ち帰っている。

感想

まちカドまぞくの中でも、このエピソードは特に好きだ。

理由の 1 つ目は、4 コマ漫画の特性を上手く使って右側と左側で並行して時間を進めるとか、「最後の間違いは小倉しおんの眼鏡である」ことを冒頭に明かしておくとか、トリッキーなことを色々としているため。

理由の 2 つ目は、ここまでで示した通り、抱えている問題の構造が単純明快で、それらが綺麗に解決されるためカタルシスが大きいため。

理由の 3 つ目は、小倉しおんの正体がつかめない状況のサスペンスが、アツいというかめちゃくちゃ怖いため。これ半分ホラー漫画でしょ。

だが一番大きいのは、小倉しおん(グシオン)の魅力が一気に引き立ったからだ。おそらく元々は単なるモブキャラ程度の扱いだったにもかかわらず、ここに来て超重要人物になってしまった。

なんとなく小倉しおんにはシンパシーを抱いていたのでちょっと嬉しかった。

冷奴

6 巻前半では、繰り返し「死」のテーマが現れる。これは 6 巻後半のイベントへの布石になっているのかもしれない。

参考文献

ライターズジャーニー

作家の旅路 ライターズ・ジャーニー: 神話の法則で読み解く物語の構造

クリストファー ボグラー 著、府川由美恵 訳

フィルムアート社, 2022

補足

私にはファッションセンスが無いからか、普通にセカンドハーヴェストフォームかっこええやんってなってしまいました。

あとつよつよハートフルデビ桃フォームすき。これ半分エロ漫画でしょ。

This post is licensed under CC BY-NC 4.0 by the author.

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