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葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』読書感想文

ふと思い立って、何故か高校ぶりに『セメント樽の中の手紙』を青空文庫で読みました。 その感想文です。

葉山嘉樹 セメント樽の中の手紙 - 青空文庫

はじめに

国語の教科書に載っている物語には印象深いものも浅いものもあるが、『セメント樽の中の手紙』はかなり印象深い方の作品だった。

プロレタリア文学として読むとどうなるか、その前提を外すとどうなるか、みたいな二つの見方の往復をしながら、一文一文読み進めていった記憶がある。

久しぶりに読んで、一つの疑問にぶち当たった。おそらく当時の国語の教科書でも立てられていた問いだ。

つまり、与三はどんな気持ちで「細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た」のかという問いである。これがこの記事のセントラルクエスチョンだ。

さて、高校を卒業し、考察班となった今の私には、ヒーローズ・ジャーニーという強力なツールがある。

この「第三の見方」を試してみよう。

松戸与三のヒーローズ・ジャーニー

正直なところ、最初は冗談半分だった。『セメント樽の中の手紙』は 1926 年に日本で発表された物語だ。『千の顔を持つ英雄』はまだ存在しない。

そして主人公の予三は、物理的には一切旅をしない。仕事場に行って、帰って終わりである。

『セメント樽の中の手紙』はまるでヒーローズ・ジャーニーとは無縁そうに見える。

……が、実際にやってみると、ビックリするくらいきれいに(強引なこじつけを必要とせず)、英雄の旅の構造を見出すことができた。

まずは、すぐにわかる範囲で各ステージと物語中のイベントの対応付けをしてみよう。

この記事では試験的に、最初から「英雄の旅」に沿った説明をするというよりも、自分がどうやって分析したかの軌跡を辿るような流れで記述してみます。

今回は、ボグラー版「ヒーローズ・ジャーニー」ではなく、元祖キャンベル版「英雄の旅」を利用する。 ボグラー版「ヒーローズ・ジャーニー」はハリウッド映画のためにチューニングされた「英雄の旅」であり、『セメント樽の中の手紙』を読むにあたっては元祖「英雄の旅」の方が適切だと感じたからだ。

『セメント樽の中の手紙』がプロレタリア文学であるという事実や当時の社会状況は一旦脇において、「英雄の旅」だけを手がかりに進めていこう。

日常世界

松戸与三はセメントあけをやっていた。11 時間も働いていて、しかも鼻につまったコンクリートを除去する暇も無い労働者である。

冒険への召命

与三はセメント樽から小さな木箱を見つける。

召命拒否

与三は木箱を一度は無視するが、奇妙に思って回収する。 しかし、業務中に箱を開ける暇はない。

超自然的助力(と守護者)

  • 与三が非日常の世界へ渡るために通過しなければならない「守護者」とは誰か。
  • 与三を非日常の世界に送り出した「超自然的助力」とは何か。

以下のこじつけができそうだ。

境界の守護者とは、頑丈に釘付けされた箱である

そもそも、この物語における与三の「非日常の世界」における冒険とは、つまり小箱の中の手紙を読むことである。 物理的な移動は伴わない。夢を見るかのように、与三は手紙に没頭する。

しかし手紙を読むという「非日常の世界」に与三が突入するには、箱を開けないといけない。 箱は頑丈に釘付けされていて、与三がそれを開けるには超自然的助力が必要になる。

超自然的助力とは、与三に「フト彼は丼の中にある小箱の事を思い出」させ、「此の世の中でも踏みつぶす気」を与えた家族である

与三が小箱を開けようと思い立ったタイミングは

「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、箆棒奴! どうして飲めるんだい!」

という嬶の発言を回想した直後である。

与三の頭の中で何が起こったのか推測すると、

  1. 与三は帰路につきつつ、道すがら子供や嬶のことを考えた。
  2. 嬶に「節約しろべらぼうめ!」と言われたことを思い出す。
  3. そういえば最近金のこと考えたことあったよな。
  4. ああ、おそらく金は入ってない軽さの小箱を拾ったんだった。
  5. こっちは金が無いのに思わせぶりやがって、この野郎開けてやる!

というような流れだったはずだ。

つまり、子供や嬶のことを考えたこと、そして嬶の「べらぼうめ!」が、与三に箱のことを思い出させ、「此の世の中でも踏みつぶす気」を与えた。 これが、箱を開ける=最初の境界を越えるための超自然的助力として機能した。

最初の境界を越える

与三は木箱を開け、手紙を読み始める。

鯨の腹の中

手紙の中で、女工は彼女の恋人が労災事故で死亡したことを告発する。

英雄の旅における「鯨の腹の中」の機能は「英雄は非日常の世界に出発する前にちょっとした変身を経験する必要がある」といったものだ。

与三の知らないところで発生した労災事故は、因果的には与三に対してそういった機能をもたない。だが、

  • 破砕機の中に嵌る
  • 水の中へ溺おぼれるように、石の下へ沈んで行く
  • 骨も、肉も、魂も、粉々になり、セメントへと変身する

といったイメージは、ビックリするくらい「鯨の腹の中」の持つそれと一致している。

外からの救出と帰還の境界越え

手紙を読むのに没頭していた与三は、「子供たちの騒ぎ」によって日常世界に引き戻される。

足りないステージを埋める

あとでかく

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