4 巻 48 丁目から 52 丁目(アニメ 2 丁目 10 話から 12 話)では、陽夏木ミカンの「動揺すると周囲に些細な不幸が降りかかる呪い」を解呪しようとするシャミ子と桃、その他多くの町の人々の様子が描かれる。
このストーリーアークについて、ボグラーのヒーローズ・ジャーニーを用いて分析してみよう。
ヒーローズ・ジャーニー概略
英雄(物語の主人公)(達)は、これらのステージに沿って冒険する。
各ステージの概要を以下の表に示す。
# | ステージ | 概要 |
---|---|---|
1 | 日常世界 | 主人公たちの日常を示す。賭けの対象を提示する。 |
2 | 冒険への誘い | 原状の問題を示唆し、冒険の賭けをつり上げる。 |
3 | 冒険の拒否 | 冒険の危険性を読者に提示する。 |
4 | 師との出会い | 冒険の準備をさせる。助言、魔法の道具の付与。 |
5 | 最初の戸口の通過 | 実際に冒険が始まる。日常世界の帰還限界点を超える。 |
6 | 試練、仲間、敵 | 特別な世界のルールを学ぶ。 |
7 | 最も危険な場所への接近 | 最深部の洞穴に入る準備や計画を行う。 |
8 | 最大の苦難 | 最大の恐怖に立ち向かう。英雄の死と再生。自我の超越。イニシエーション。 |
9 | 報酬 | 目的としていた霊薬、探し人、知識等の獲得。 |
10 | 帰路 | 日常世界へ帰ろうとする。奪取した報酬の持ち主に追われることも。 |
11 | 復活 | 死と再生の再演。帰還前に新たな存在に生まれ変わり身を清めなければならない。 |
12 | 宝を持っての帰還 | 報酬を日常世界に持ち帰り、共同体に役立てる。 |
抱える問題
この物語の中心となる英雄として、以下の二人を取り上げる。 それぞれの<外的な問題>(=意識して取り組んでいる問題)と<内的な問題>(=意識せず取り組むことになる問題)は以下の通り。
<内的な問題>と<外的な問題>の詳細(現状の理解)については<内的な問題>と<外的な問題>について、およびけものフレンズ 3 話プチ考察 を参照。
- シャミ子
- <外的な問題>: ミカンに借りを返す
- <内的な問題>: 個人事業まぞくとしての成長
- ミカン
- <外的な問題>: 呪いの解除
- <内的な問題>: 周囲の人々と馴染む
日常世界
夏休みが終わり、シャミ子達が通う桜ヶ丘高校に陽夏木ミカンが転入してきた。 この高校では、生徒は全員何らかの委員会活動に参加しなければならない。ミカンは佐田杏里の誘いを受け、体育祭委員会に参加する。
体育祭の準備は何もかもが遅延している。ミカンは自らの意志で、桃は無理やり、シャミ子は一人だと寂しいという理由で、それぞれ作業を手伝う。
夏休み中には様々な事件があった。久々の学校のシーンは新鮮ですらある。 彼女たちはまぞくだったり魔法少女だったりするが、それと同時に青春を謳歌する普通の女子高生という<日常世界>を持っていることを思い出させてくれる。
冒険への誘い
夜遅くまで体育館の中で作業を続ける中、事件が起こる。騎馬戦のシミュレーションをしていたミカン達に生徒の一人がぶつかり、ミカンは頭を打って一時的に気絶する。
ミカンの呪いが発動するものの、桃が即座に魔法少女に変身し近くにいた生徒たちの盾となることで、誰も怪我をせずに済んだ。 しかし、呪いによって発生した衝撃波によりペンキの缶が倒れ、完成目前だったスローガンの看板が台無しになってしまった。
桃の迅速な対処により回避できたとはいえ、クラスメイトに大怪我をさせるところだった。ミカンはこのことにひどく落ち込む。
ここでこの物語のセントラルクエスチョンが明かされる。すなわち、「ミカンは自身の呪いとどう向き合うか」ということである。
ミカンは過去に呪いを克服しようと努力してきた。動揺しないためのトレーニングとしてシャミ子と共にホラー映画を見に行ったこともあった。 しかし、そういった努力は対処療法的なものであり、今回の事件のように意識を失ってしまっては、呪いを制御することはできない。
冒険の拒否
シャミ子と桃はミカンを慰めようと優しい言葉をかけるが、今のミカンにはそれを受け止める余裕はなく、「一人にしてくれ」と先に帰ってしまう。
シャミ子は、自分を護衛するためにわざわざこの町に来てくれたミカンに恩を返さなければならないと感じる。シャミ子にとっては、すきやきパーティー[29]でミカンに「自分が困ったときには手伝って」と言われたことが<冒険への誘い>だった。
シャミ子と桃は示し合わせるでもなくミカンの部屋を訪ね、呪いの根源と対話し呪いを解くことを宣言する。
明言はされないものの、ミカンは荷造りの最中であり、夜逃げするつもりらしかったことが伺える。自らの運命に立ち向かわず逃げるのは典型的な<冒険の拒否>である。
師との出会いから最も危険な場所への接近まで
ミカンとリリスは<師>の仮面を被り、呪いの正体である使い魔ウガルルについての情報をシャミ桃に与える。これは<師との出会い>でもあり、<最大の苦難>に備え準備を整える<最も危険な場所への接近>のステージでもある。
情報ではなく魔法的なアイテムを授ける<師>も存在する。この日の午前、小倉しおんは魔力を安定化させる薬を桃に与えていた。このステージで桃はそれを飲む。 後ほど説明するが、このエピソードには魔法の道具を授ける<師>がたくさん登場する。
シャミ桃はミカンの深層意識に侵入する(<最初の戸口の通過>)。
シャミ子はなんとかの杖を天沼矛に変形させ、混沌をかき混ぜてウガルルを具現化する。 これもまた、ヨシュアと桜という<師>から与えられた魔法の道具と、吉田良子という<師>から与えられた知識による成果である。
加えて、後にこの計画は実は千代田桜も画策していたことが小倉しおんから語られる。それによれば、桜の計画はウガルルを形成する方法が見つからず頓挫したらしい。
この点には、父がなし得なかったことを子が成功させるという意味での<父親との一体化>のモチーフが感じられる。
最大の苦難、報酬、帰路
シャミ子は混沌をかき混ぜ具体化したウガルルと対話を試みる(<最大の苦難>)。ミカンから出ていくことについて同意は取れた(<報酬>)ものの、その場合ウガルルは憑依先を失い消滅してしまう。シャミ子はミカンの深層意識から離脱し(<帰路>)、ウガルルを救う方法を考える。
ここでシャミ子には、<帰路>のステージを象徴する「このままで良いのか?」という問いが投げかけられていることに注意してほしい。 ウガルルがどうなろうと、ミカンの解呪はこの時点で成功が確定している。当初解決しようとしていた<外的な問題>は既に解決しているが、しかしシャミ子が本当に必要としていたものは別にあった。
ここで小倉しおんが現れ、新たなよりしろを作りウガルルを正しい手順で現世に再召喚することを提案する。
ここで更に、<帰路>特有のイベントである時間制限が発生していることは興味深い。 ウガルルの身体は混沌へと溶解しつつあり、現世への再召喚を実行するには今晩中にケリを付けなければならない。
材料集めに難儀するかと思われたが、シャミ子がここまでの冒険で得た<仲間>が魔法の道具を授ける<師>へと一斉に変化し、儀式の実行が可能となる。
- 小倉しおん
- 全体の計画を作成しシャミ子に伝える。
- 佐田杏里
- 上質な肉を提供する。
- リコ
- 魔力料理を作る。
- 白澤
- 幻獣のケツ毛を提供する。
- C 組体育祭メンバー
- 魔法陣の作成に協力する。
復活、宝を持っての帰還
数多くの<師>に支えられ、シャミ子はウガルルの召喚に成功する。これはウガルルにとっては<復活>であり、ミカンやシャミ子にとっては<宝を持っての帰還>である。
ウガルルにはまだ不完全なところもあるが、シャミ子達の今後の冒険を助ける新たな<仲間>として活躍するだろう。
ウガルルのアーキタイプ分析
さて、ここでウガルルの視点に立つと、まだまだ面白い分析ができる。 このエピソードで、ウガルルは様々なアーキタイプの仮面を被ってシャミ子達の行動を促している。 というか、ウガルルはボグラーが指摘した 8 つのアーキタイプ全てを経験しているように見える。
最初、ウガルルはミカンの呪いを引き起こす<影>である。
<影>のアーキタイプは、何かの暗い部分や、表に出ていない、知られざる、拒まれた側面の力を表出する。人の内なる世界に抑圧された怪物の住処ということもある。(P105)
ウガルルは<影>の力を以てミカンのクラスメイトに危険をもたらすが、これがこのエピソードに原動力を与える<使者>となる。
ウガルルは<戸口の番人>としてミカンの深層意識に侵入したシャミ桃を排除しようとする。 この時点ではウガルルは形を持たない(<変身する者>)。
天沼矛で形を作り、対話することでウガルルは<仲間>となる。それどころか、これまでミカンに迷惑をかけていたことを後悔し、自らが消滅することで呪いが解けるなら仕方ないと自己犠牲的な<英雄>の態度を示す。
現世で受肉に成功すると、ウガルルはコミック・リリーフを提供する<トリックスター>として活動を始める。
旅を振り返って
当初の目論見通り、ミカンの呪いを解くという外的な問題は成功裏に解決した。
このエピソードで特に重要なのは、シャミ子の抱える<内的な問題>である「個人事業まぞくとしての成長」だろう。
今回の深層意識へのダイブはこれまでのものと違い、シャミ子や桃に直接の利益をもたらさないことに注目してほしい。 そして繰り返しになるが、リリスが指摘するように、他人の夢への侵入は死の可能性もある危険な行為である。
ボグラーによれば、
<最大の苦難>に直面した主人公の中心は、自我から、自分の内面の神に近い部分である「自己」へと移る。また、主人公が自分だけの面倒を見るのではなく、もっと大きな責任を受け入れることによって、主人公の中心が「自己」からグループへと移ることもある。主人公は、個人の命を、より大きな集合体の命のために危険にさらし、「英雄」と呼ばれる権利を勝ち取るのである。 (P260)
シャミ子は自己のためではなく個人事業まぞくとしてグループのために戦った。とはいえ、これまでそれができていなかったというわけではない。 現に、シャミ子が<外的な問題>を完璧な形で解決することに成功したのは、これまでに集めた<仲間>の力によるものだった。 そしてその結果、少なくともウガルルには「ボス」として認められる存在になった。
ギャグっぽくて一見すると見逃してしまうが、シャミ子が対話を試みた一方、桃が物理で説得を試みた対比は重要である。 物語の流れは、これらの極性の内、仲間と協力し対話を試みる解決策を支持した。
(シャミ子がダウンした結果、桃が交渉役に選ばれるのも興味深い点だ。極性の行き来の一例なのかもしれない。)
このエピソードは、グループのために戦う重要性を説くというよりも、シャミ子のこれまでのやり方が正しいことを保証してくれるものだといえる。
オズの魔法使いのカカシ達と同じように、シャミ子が求めていたものは既に自分の中に備わっており、必要だったのは外面的な承認だったのだ。
そしてその承認は、シャミ子らの尽力により新たにせいいき桜ヶ丘に生まれたウガルルによって行われる。なんてロマンチックな話なんだろうか。
参考文献
作家の旅路 ライターズ・ジャーニー: 神話の法則で読み解く物語の構造
クリストファー ボグラー 著、府川由美恵 訳
フィルムアート社, 2022